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ラリー・ジョンソン⚡️ ウクライナ戦争への道——NATOと米軍のウクライナ軍事演習の歴史(パート2)

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ラリー・ジョンソン著:25/04/2025

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ウクライナ戦争への道——NATOと米軍のウクライナ軍事演習の歴史(パート2)

2025年4月25日ラリー・C・ジョンソンコメント93件

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2000年代:ウクライナの「事実上のNATO加盟」の始まり
2000年代は、ウクライナが「事実上のNATO加盟国」としての道を歩み始めた10年でした。ウクライナは主要なNATO演習に参加するだけでなく、多くの演習をホストしました。実際、2000年から2010年の間に、ウクライナNATOまたは米欧州軍(USEUCOM)の演習を開催した国のトップ6に入り、NATO加盟国であるジョージア(7位)とともに、22のNATO加盟国よりも多くの演習を主催しました。これは、ロシアの警告にもかかわらず、西側がウクライナジョージアNATOに正式加盟させる意図を持っていたことを示す決定的な証拠です。

ウクライナNATO加盟国と異なっていた点は2つだけでした——
1. NATOへの財政的貢献義務がなかったこと
2. 集団防衛条項(Article 5)の適用外だったこと

それ以外は、2010年までにウクライナは事実上のNATO加盟国として機能していました。


軍事協力だけではない「プロジェクト・ウクライナ

米国と英国の情報機関はウクライナで積極的に活動し、NATOやUSEUCOMと連携していました。例えば、CIAはNATOやUSEUCOM本部に要員を配置し、作戦の調整を行っていました。2000年から2010年の間に、米国政府(英国の協力のもと)はウクライナをロシアの影響圏から切り離し、西側陣営に組み込むための工作を進めていたことが、現在では明らかになっています。


年別・主要軍事演習の記録

2000年

  • 「Cooperative Partner 2000」(6月~7月)

    • 場所黒海・オデーサ(ウクライナ
    • 参加国NATO地中海常設艦隊(STANAVFORMED)+10カ国
    • 目的:平和維持活動(PKO)における多国籍軍の連携訓練
    • ロシアはオブザーバー参加
  • 「Peace Shield 2000」(5月~6月)

    • 場所ウクライナ(指揮所演習+実動訓練)
    • 焦点NATO標準のC4I(指揮・通信システム)連携
  • 「Cossack Steppe 2000」(夏季)

    • ウクライナ共同コンタクトチームプログラム(JCTP)の一環
    • 後の「Rapid Trident」演習(2006年~)の基盤

2001年

  • 「Sea Breeze 2001」(7月)

    • 年次黒海演習の開始(1997年~継続中)
    • 対潜水艦戦(ASW)・水陸両用作戦を実施
  • 「Clear Sky 2001」(10月)

2002年

  • 「Cooperative Partner 2002」(6月)
    • NATO平和のためのパートナーシップ(PfP)プログラムの一環
    • ウクライナ軍のNATO標準適合化を推進

2003年

2004年

  • 「Sea Breeze 2004」(7月~8月)

2005年

  • 「Rapid Trident 2005」(7月)
    • ヤヴォリフ訓練場(リヴィウ州)で初開催
    • 後の「Joint Multinational Training Group-Ukraine(JMTG-U)」の前身

2008年

2010年

  • ヤヌコーヴィチ政権下でもNATO協力継続
    • 「Sea Breeze 2010」「Rapid Trident 2010」を実施
    • しかし2014年以降、ウクライナNATO加盟を正式に断念

結論:西側の戦略とロシアの反発

この10年間の演習は、ウクライナNATOに統合するための「軟着陸」戦略でした。ロシアは一貫して反対し、2014年のクリミア併合へとつながる緊張を高めました。現在のウクライナ戦争は、このNATO東方拡大」と「ロシアの安全保障懸念」の衝突が根源的な原因の一つです。

(※Nima氏やナポリターノ判事との対談は記事末尾に掲載)


🔹 続く(Part 3では2011年~2022年の軍事協力を分析)