locom2 diary

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現代帝国の弁明は、ほとんどが西洋人が現実と言い争っているにすぎない⚡️ケイトリン・ジョンストン

Modern Empire Apologia Is Mostly Just Westerners Arguing With Reality

ケイトリン・ジョンストン著:30/09/2023

Image from Gyazo

2020年代における帝国擁護論が、米国と同盟を結んでいない政府には安全保障上の懸念があってはならず、自国の国益をそのように考えるべきではないとする西側諸国の人々で構成されているのはおかしなことだ。

ウクライナ戦争を引き起こしたNATOの拡張主義を、ロシアに対抗する腕利きの代理戦士たちは、西側の軍事同盟が自国の目の前に戦争機械を集結させることをロシアは問題にすべきではなかったと言うことで擁護している。多くの西側のアナリストが、ソ連崩壊後のNATO列強の行動がロシアを戦争に駆り立てることになると何年もかけて警告してきたという事実を持ち出せば、彼らの唯一の主張は、ロシアはそのような行動によって挑発されるべきではなかったというものだ。

中国に関しても同じことが言える。北京と台湾の対立は、基本的に未解決の内戦であり、中国が誕生して以来、(主にアメリカの介入によって)現在の状態に凍結されている。中国が台湾を本土と統一しようとする動きに対する西側の反応は、北京が台湾を主権国家として見なすよう主張することである。

どちらのケースでも、アメリカ中央集権帝国は、下らないリベラルの理想主義よりもずっと深く、ずっと昔に遡るような、身近な環境に関する政策や立場を持つ国々と対峙している。ロシアはナポレオンとヒトラーによってウクライナ経由で侵略された。台湾は第二次世界大戦中、日本軍によって不沈空母として使用され、そこから中国本土を攻撃し続けた。これらの国々の根深い安全保障上の懸念に反対するのは勝手だが、西側諸国が好むでっち上げのルールに当てはまらないからと言って、それを簡単に振り払うことはできない。

ジョン・ミアシャイマーのような外交政策リアリストが、西側のロシアへの攻撃は「ウクライナが破滅する」ことを意味すると、何年も前から正確に予測できたのは、西側の行動とロシアの国家安全保障上の立場という生のデータを客観的に見ていたからだ。彼らは、イデオロギー的な「あるべき」「すべきでない」にこだわったり、別の仮想世界においてロシアがとるべき公正で道徳的な立場が何であるかについてうだうだ考えたりせず、何が起きているか、何が起きるかに集中していた。そして、彼らの言うことに耳を傾けていれば、多くの死と破壊は避けられただろう。

その代わりに、帝国はロシアに対する侵略を樽のように進めることを選択し、現在は中国に対しても同じことをしている。これらが恐ろしいほど煽動的な挑発行為であることを指摘する者は誰でも、本質的に現実に対する反論に等しいものによって怒鳴りつけられる。

これが最近の帝国擁護論者の道具箱の主な道具である。西側諸国の国境での挑発行為に関して、モスクワや北京の人々が置かれている現実を指摘すれば、彼らの答えは「ああ、それはあるべき姿ではない。

公衆の面前で民族差別を叫び続ければ殴られると警告されながら、人々は言論の自由を尊重すべきであると信じているからとにかくそれをやり、折れた鼻をメロドラマ風に握りしめて、起こったことは起こるべきでなかったと叫ぶようなものだ。現実は、あなたのイデオロギー的な「すべき」「すべきでない」など気にも留めない。現実に関する限り、あるのは「起こること」と「起こらないこと」だけだ。実際にある結果を避けたいのであれば、具体的な状況に観念的なべき、すべきでないを重ねるだけではだめで、そのような結果にならないように実際に行動しなければならない。

そしてここでの問題は、西側帝国がそのような結果を避けたいとは思っていないということだ。ウクライナで戦争を挑発することで、西側帝国はあらゆる利益を得ようとしている。帝国は、結果がどうであれ、やりたいことをやっているだけだ。プロパガンダ・マシンは、そうした行動を正当化するために、すべきこと、すべきでないことを捏造し、それを信頼できる国民が鵜呑みにしている。

国際関係であれ、対人関係であれ、自分の心の内面であれ、現実との論争は決してうまくいかない。苦しみから抜け出す方法は、どのような規模であれ同じである。現実をありのままに扱い、人生の条件に従って人生に取り組むことである。